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Division of Biomedical Oncology
(The Sonoshita Lab.)
Institute for Genetic Medicine, Hokkaido University
北海道大学 遺伝子病制御研究所
がん制御学分野(園下研究室)

研究内容
日本人の死因の第1位である、がん。悪性腫瘍(あくせいしゅよう)とも呼ばれます。腫瘍とは、細胞が異常に増殖してできたかたまりのことです。初期(良性)段階で腫瘍を発見することができれば根治できる可能性も大きいのですが、腫瘍が悪性に進行してがんになってしまうと、他の臓器にがん細胞が散ってしまう「転移」が起こるために全てのがん細胞を取り除くことが困難になってしまうので、途端に治療が難しくなってしまいます。がんの予防や治療の方策を確立すべく、当研究室では主にがん発生機序の解明と新規治療薬リードの開発の2点に取り組んでいます(図1)。
1. がん発生機序の解明
どのようにすれば、がんを制圧できるのだろう? 大変難しい問いですが、この問いに対する一つの答えは、がんが出来てしまう原因を解明することです。原因が分かれば、それを取り除くことでがんの予防や治療を実現できる可能性があるからです。
私たちはこれまで、患者数が日本で最も多い大腸がんに着目し、がん発生の原因究明に取り組んできました。大きく、大腸良性腫瘍の発生機序と、その腫瘍の悪性化機序の2点を明らかにし、国際学術誌に発表してきました(図2)。
1-A.大腸良性腫瘍の発生機序
大腸がんに関係の深い疾患として、家族性大腸腺腫症 (Familial Adenomatous Polyposis; FAP) と呼ばれる、遺伝性に大腸に無数の良性腫瘍を発症する疾患が存在します。若いうちから発症する疾患です。腫瘍が良性のままであればいいのですが、これほど数が多くなると中にはがんに進行してしまうものがあります。このため、予防・治療法の開発が大きな課題となっていました。
世界中で研究が盛んにおこなわれた結果、APC (Adenomatous Polyposis Coli) 遺伝子の機能が損なわれてしまうことがFAP発症の原因になることが分かりました。私の恩師である大島正伸先生(現・金沢大学教授)と武藤誠先生(現・京都大学教授)らが実際にこの遺伝子をノックアウト(破壊)した遺伝子改変マウスを作出したところ、腸に多数の良性腫瘍が発生し、これがAPC遺伝子の良性腫瘍発生抑制機能の決定的な証明となりました(図3;Oshima et al. Proc Natl Acad Sci 1995; Oshima et al. Cancer Res 1997)。その後の研究で、APCが抑制するWntシグナル伝達経路が家族性・孤発性双方の大腸良性腫瘍形成に極めて重要であることも明らかとなりました(Taketo & Edelmann. Gastroenterology 2009)。
それとともに、体内で生理活性脂質プロスタグランジン (PG) の合成に重要な役割を果たす酵素COX-2 (Cyclooxygenase-2) が、この良性腫瘍の発生を促進することが分かりました(Oshima et al. Cell 1996)。このことからCOX-2を阻害する化合物が良性腫瘍形成を抑制する薬になる可能性が示されましたが、実際に臨床で使用するにあたっては副作用発生の懸念がありました。COX-2は脂質二重膜から切り出されるアラキドン酸を基質としたPG合成の律速酵素で、PGにはPGD2やPGE2など様々な種類があり、それぞれ発熱や痛み、炎症反応など各種生理反応の調節に関わっています。そのため、COX-2を阻害してしまうと各種生理反応が影響を受けてしまう可能性があったのです。
そこで私たちは、より副作用の懸念の少ない治療標的の探索に取り組みました。COX-2によって産生されるPGの中で、最も良性腫瘍形成を促進する作用が高いPGを同定すれば、それ以外のPGの機能を妨げない治療法の開発につながると考えたのです。それまでのFAP患者の臨床検体を用いた先行研究から、良性腫瘍内では隣接する正常組織に比べてPGE2の産生量が著しく上昇していることが分かっていました。このことから私たちは、PGE2がCOX-2の下流因子として良性腫瘍形成を促進するという仮説を立てました。
PGE2はEPと呼ばれる7回膜貫通Gタンパク共役型受容体に結合します。EPにはEP1からEP4までのサブタイプがあり、EP4以外のノックアウトマウスは生存することができます。そこでApcノックアウトマウスでEP1、EP2、EP3をそれぞれさらにノックアウトしたところ、EP2をノックアウトした時のみ腫瘍数が減少し、かつ腫瘍が成長できない病理像が観察されました(図4)。あわせて、EP2は線維芽細胞や血管内皮細胞といった、腫瘍上皮細胞細胞に隣接して存在する間質細胞に発現しており、COX-2によって産生されたPGE2が結合することでCOX-2の発現をさらに誘導する正のフィードバックループを駆動すること、そしてこれが腫瘍内の血管新生を促して腫瘍上皮細胞への酸素や栄養の供給量を増大させつつ腫瘍細胞に増殖するための足場を提供し、腫瘍の成長を加速させることも分かりました(図5;Takaku et al. J Biol Chem 2000; Sonoshita et al. Nat Med 2001; Sonoshita et al. Cancer Res 2002; Taketo & Sonoshita. Biochim Biophys Acta 2002; Takeda et al. Cancer Res 2003)。
以上の研究結果は、大腸良性腫瘍の発生には上皮ー間質相互作用が不可欠な役割を果たすこと、そしてその本態はPGE2-EP2シグナル伝達経路であることを示しています。このことから、EP2受容体に対する拮抗薬が大腸良性腫瘍発生の予防・治療薬となる可能性を提示することができました(図2)。
1-B.大腸良性腫瘍の悪性化機序
このようにして発生機序を明らかにできた良性腫瘍ですが、実際の患者さんの病院での診断時には、腫瘍が既にがんに進行してしまっていることが少なくありません。がんに進行していく詳細な過程を突き止めることができればがんの予防・治療法の開発を加速できる可能性があると考えた私たちは、この悪性化の原因を探索することにしました。
どのような遺伝子がこの過程に関わっているかを解析していくと、患者さんの大腸にある腫瘍(原発巣)に比べ、肝臓へ移動して増えたがん細胞(転移巣)でAes (Amino-terminal enhancer of split)という遺伝子の発現が顕著に低下していることが分かりました。そこで私たちは、この低下が悪性化を促進しているのではないかと考え、Apcノックアウトマウスの腸で上皮細胞特異的にAesをノックアウトしました。その結果、浸潤能を持たず良性だったApcノックアウトマウスの腫瘍細胞が筋層に激しく浸潤するようになり、血管の中に侵入するものも観察されるようになりました(図6)。Aesの発現の低い培養ヒト大腸がん細胞にAesの発現を補ったところ、細胞の運動能や転移能が抑制されることも分かりました。それまで大腸がんにおいて転移を抑制する遺伝子は同定されていなかったことから、私たちはAesは初の大腸がん転移抑制遺伝子であると結論づけました(Sonoshita et al. Cancer Cell 2011)。
この浸潤の機序を詳しく調べたところ、Aesの発現が低下すると腫瘍細胞内でNotchシグナル伝達が活性化することが分かりました。その結果Notchシグナル下流の転写因子RbpjがアダプタータンパクDab1の発現を誘導し、このDab1がチロシンキナーゼAblを活性化すること、そしてこのAblがRho-GEFタンパクTRIOの2681番目のチロシン (Y2681) をリン酸化することも発見しました。このTRIO(pY2681)は高いRho-GEF活性を持っており、Small GTPaseのRhoを活性化することで腫瘍細胞の運動能を大きく上昇させて悪性度を高める役割を果たしていました。このようにして私たちは、Notch-Dab1-Abl-TRIO(pY2681)-Rhoと流れるシグナル伝達が大腸がんの悪性化に非常に重要な役割を果たすことを突き止めました(図7;Sonoshita et al. Cancer Cell 2011; Sonoshita et al. Cancer Discov 2015; Itatani et al. J Biochem 2016; Kakizaki et al. Cancer Sci 2016)。さらに抗TRIO(pY2681)抗体を作成して解析を進めた結果、がん細胞でTRIO(pY2681)陽性の患者さんは陰性の患者さんより予後が悪いことも分かりました(図8;Sonoshita et al. Cancer Discov 2015)。
従って、TRIO(pY2681)陽性の患者さんに対してはNotch阻害剤やAbl阻害薬が新規治療薬となる可能性があります。特にAbl阻害薬は、イマチニブをはじめとする薬物が既に他のがん種の治療に使用されているため、大腸がんへの適応拡大によって一般的な新薬認可プロセスよりも早く保険で治療に使用できるようになる可能性があります。そこで、予後マーカー・治療方針策定マーカーとしての抗TRIO(pY2681)抗体による免疫組織染色法の実用化に向けた取り組みを現在進めています。さらに、Aesは前立腺でも腫瘍の悪性化を抑制していることが最近分かり、大腸以外の臓器におけるがん発生抑制の役割にも注目しています(Okada et al. Cancer Sci 2017)。
これらの研究を通じて私たちは、全貌が不明だった大腸の良性腫瘍の発生とその悪性化進展の機序の一端を明らかにすることができました。これらの結果に立脚して私たちが提唱している新規大腸がん治療戦略(図2)の、今後の治療法開発への貢献が期待されます。
2. 新規治療薬リードの開発
がんと戦う際に有効な手段の一つとなり得るのが、薬物です。がんは細胞が無秩序に分裂・増殖する疾患で、初期の抗がん剤はこの増殖を止めることでがんの治療を目指すものでした。これらの薬物の投与によって、確かに一部のがん細胞を殺すことができます。しかし同時に、体内で活発に分裂する正常の細胞も殺されてしまい、このために副作用が出てしまうことが分かりました。例えば髪の毛や腸、血液などを生み出す元になる細胞(幹細胞)は、それぞれ分裂を日々繰り返すことで私たちの体を健康に保ってくれています。抗がん剤は分裂している細胞に無差別に作用するため、これらの細胞も殺されて脱毛や下痢、貧血などの症状が出てしまい、治療を継続することが困難になってしまうのです。
この問題を解決すべく、「分子標的薬」の考え方が1990年代に提唱されました。これは、がんに特異的に発現している(がん組織には存在するけれども正常組織には存在しない)分子を狙い撃ちにする薬でがんのみを殺し、上記の副作用を低減しようというものです。この考え方に基づき、効果的ながん治療薬が生み出されるようになりました。例えば、特定の種類の白血病の細胞で異常に活性化しているABLキナーゼに対する、前項でも登場した阻害薬イマチニブや、一部の乳がん細胞で過剰に発現しているHER2受容体に対する阻害抗体薬トラスツズマブなどです。これらの登場により、治療の恩恵を受けることのできる患者さんが確かに増えてきました。しかし、これらの薬物はどちらかというと例外的で、多くの分子標的薬はたとえ認可されたものであっても引き続き副作用をもたらす、期待したほどの効果が得られないなどの問題を抱えていることも明らかになってきました。すなわち、がん治療薬の開発手法にはまだ改善の余地があることが分かったのです(図9)。
そこで私たちは、分子標的薬の考え方を補完する新規創薬手法の開発を開始しました。目指したのは、迅速・簡便かつ安価に、副作用が少なく効果の高いがん治療薬を創出する手法です。ここで私たちは、研究を加速するためにショウジョウバエを活用できるのではないかと考えました(図10)。
もしかすると、ヒトがんの研究にハエが本当に役に立つの?と疑問に思われる方が多いかもしれません。確かに、昆虫であるハエは哺乳類である私たちヒトとは異なる生物です。しかし、ハエは実は科学研究の材料として優れた特徴を数多く有しています。例えば、ヒトとの間で遺伝子がよく似ており、がんを含むヒトの病気で観察される遺伝子異常を模倣させることが可能です。また、次世代を生み出すのに10日ほどしかかからないため、迅速に新しいモデルを作出したり数を増やしたりすることが容易です。さらに、実験生物として1世紀を超える歴史を有していて遺伝学の実験手法が非常に発達しており、個体レベルで遺伝子の機能を容易に解析することができます。
実際にハエは、ヒトの病気を研究するための優れた材料として近年注目を集めていて、重要な成果も挙がりつつあります(Sonoshita & Cagan. Curr Top Dev Biol 2017)。例えばバンデタニブ。園下の前所属研究室 (Ross Cagan lab, Icahn School of Medicine at Mount Sinai, New York) がハエの甲状腺髄様がんモデルを作出・使用した実験で有効性を見出した化合物が治験でも効果を示したため、FDA(アメリカ食品医薬品局)が甲状腺髄様がんの初めての治療薬として承認したものです(図11)。私たちは、このように臨床応用につながる研究成果を得ることができるハエを既存の培養ヒト細胞やマウスなどのがん研究系と組み合わせることで、創薬研究にブレークスルーをもたらしたいと考えたのです。
私たちは、新しいがん治療薬を生み出す最も早い方法の一つは、既存の認可薬の化学構造を変えることではないかと考えました。認可薬は既に人間への投与実績があり、経口投与した際の吸収・体内分布・代謝・排泄等の性質 (pharmacokinetics; PK) が良好であることが確認されています。ただ、前述の通り多くの薬物は毒性が高く、そのため高い抗がん効果が得られないことが問題なのです。そこで私たちは、PKを保ちつつ抗がん効果を高められるよう、認可薬の構造を少しずつ改変していくことにしました。
本研究ではがんのモデルとして、前所属研究室で解析の実績のあった甲状腺髄様がんを選択しました。甲状腺髄様がんで非常に頻繁に観察される活性化型変異を有するRet受容体チロシンキナーゼ(Ret*)を発現するハエを、動物モデルとして使用します。そして薬物のモデルとして、副作用が非常に強いキナーゼ阻害薬ソラフェニブを選択しました。
Ret*を発現する細胞は、ヒトがんで観察される増殖や細胞死の亢進、極性喪失などの特徴を示し(図12)、ハエは全例が死亡します。このRet*ハエにソラフェニブを投与すると、ごく一部のハエが生存できるようになります。ソラフェニブはRetをはじめとする多数のキナーゼを阻害する薬物(図13)で、このような薬物はマルチキナーゼ阻害薬、もしくはpolypharmacology drugと呼ばれます。ここで、ハエのキノーム中の全キナーゼを網羅的に解析する化学遺伝学的実験を実施しました。これにより、ソラフェニブの多数の標的キナーゼのうち、MNK1やBRAFなどの阻害がソラフェニブの副作用の原因であることを突き止めました。そこでこれらのキナーゼを、「阻害したくない標的」という意味で「anti-targets」と名付けました(図14)。例えばソラフェニブ存在下でMNK1をさらに阻害すると、Ret*による上皮細胞の増殖促進がさらに亢進するという副作用が現れることを発見しました(図15)。
これらの解析により、anti-targetsに対してソラフェニブが結合できないようにしてしまえば、ソラフェニブの副作用を低減できるのではないかと考えられました。そこで、阻害したいRetやanti-targetsであるMNK1やBRAFにソラフェニブがどのように結合しているかを計算機科学により予測してみました。その結果、ソラフェニブが結合しているキナーゼ表面のポケットの大きさが、RetよりもMNK1やBRAFの方がやや小さいことが分かりました。このことから、ソラフェニブの一部分を大きくすれば、その派生体はRetには引き続き結合できるがMNK1やBRAFには結合できなくなると予測できました(図16)。そこで実際にそのような派生体S1やS2を創薬化学により合成してみると、実際にMNK1やBRAFへの結合能力がソラフェニブに比べて大きく低下し、Ret*ハエに対する救済能力が著しく向上することが分かりました(図17)。
最後に、最もRet*ハエ救済効果が高かったS2の効果を哺乳類でも確認すべく、ヒト甲状腺髄様がん細胞を免疫不全マウスに移植した異種移植(ゼノグラフト)モデルへの投与実験を実施しました。ここでもS2は、元となったソラフェニブや、現在甲状腺髄様がんに対する第一選択薬となっているカボザンチニブに比べて飛躍的な効果の向上を示しました(図18)。
このようにして私たちは、ハエ遺伝学を計算機科学や創薬化学、哺乳類実験系と組み合わせることで、既存の薬物の副作用を大きく低下させた新規リード(治験を含めた以後の開発の元となる化合物)を創出することに成功しました(図19;Sonoshita et al. Nat Chem Biol 2018; Ung*, Sonoshita* et al. PLoS Comput Biol 2019, *equal contribution)。ハエを使用することで、遺伝学による網羅的解析、個体レベルでの薬物の効果・副作用評価などを安価・迅速に実施することが可能になりました。個体レベルで同定したanti-targetsを基盤に新規化合物を合成していくこの新規創薬手法「Rational polypharmacology」は、甲状腺髄様がんハエモデルを他疾患のハエモデルに置き換えればその疾患の創薬にも適用できると期待しています。
これらの基盤に立脚し、最近私たちは難治がんの研究にも注力しています。特に注目しているのが、治療法の選択肢が極めて限られている代表的な難治がんの膵がんです。今後も患者数の増加が予想されており、新規治療法の開発は喫緊の福祉課題となっています。膵がんでは4つの遺伝子の異常、すなわちがん遺伝子KRASの活性化及びがん抑制遺伝子群TP53・CDKN2A・SMAD4の不活性化が、単独あるいは組み合わせとして観察されます。特に、これら全ての変異を持つ患者の予後が最も悪いことが報告されていますが、この遺伝子型を再現した内在性に膵がんを発症するモデルマウスはこれまでに報告がなく、新規モデル動物の作出が切望されていました。そこで私たちは、ハエにおいてヒト膵がんの遺伝子変異パターンを再現する取り組みを始めました。
まず、幼虫の翅原基上皮細胞においてRas遺伝子のみ活性化させた1-hitハエを作出して表現型を解析したところ、細胞増殖が亢進して約半数の個体が死亡することが分かりました。一方、4遺伝子変異を模倣した4-hitハエも作出して解析した結果、翅原基上皮細胞の増殖能と遊走能が1-hitハエよりも著明に亢進し、ハエ個体が羽化まで辿り着かずに全て死亡することが分かりました。これらの結果は、遺伝子変異が蓄積するほど患者予後が悪くなる臨床の報告と矛盾しないもので、4-hitハエが膵がん研究に有用な新規モデル動物であることが示唆されました。
次に私たちは、4-hitハエを用いて全キナーゼの網羅的な遺伝学的スクリーニングを実施し、MEKやAURKBの活性を低下させると4-hitハエの生存率が改善することを発見しました。この結果は、これらのキナーゼの活性を阻害する化合物が、膵がんの成長を抑制できる可能性を示しています。そこで私たちはこれを検証すべく、MEK阻害薬trametinibとAURKB阻害剤BI-831266を4-hitハエに経口投与し、特にこれら2剤の組み合わせが相乗的に4-hitハエの生存率を回復させることを見出しました。この組み合わせは、ヒト膵がん細胞であるMIA PaCa-2を皮下に移植したモデルマウスにおいても腫瘍の成長を著明に抑制しました。
さらに、北海道大学病院の膵がん患者の手術検体の解析により、AURKBの活性化の指標であるリン酸化ヒストンH3の存在が観察される患者群は、観察されない患者群よりも予後が悪いことが分かりました。以上の結果は、膵がんの遺伝子異常を模倣したモデルハエを活用することで膵がんの新規治療標的を効率的に同定できることを示しています(図20:Sekiya et al. Cancer Res 2023)。
本研究により、trametinibとBI-831266の組み合わせ療法が膵がん患者の治療に有効である可能性が示され、臨床研究への展開を検討中です。また私たちは、MEKとAURKBの他にもGSK3(Fukuda et al. Cancer Sci 2024)など新規治療標的の候補を複数同定しており、より有効な膵がん治療薬の開発を現在進めています。ハエを既存の実験系と相補的に活用することで、膵がんの発生素過程研究及び新規治療薬開発の今後の一層の進展が期待されます。
今後も、いまだ重大な健康問題であり続けているがんに対して、このように培ってきた研究基盤に立脚して挑戦を続け、発生機序解明と創薬の両面で社会福祉の向上に向けて貢献していきたいと考えています(図21)。
図1:がんを、コントロール可能な病気に。遺伝学、分子生物学、創薬科学などを駆使して研究を推進する。


図2:大腸がん発生機序と新規治療戦略。これまでに、良性の腫瘍発生に関わる因子と治療薬候補(赤字)、そして良性腫瘍の悪性化に関わる因子と治療薬候補(青字)を発見してきた。

図3:Apcノックアウトマウスの大腸に発生する良性腫瘍。多数の良性腫瘍(矢印)が発生している。管腔側からの実体顕微鏡観察。

図4:EP2遺伝子欠失による良性腫瘍形成の抑制。A、Apcノックアウトマウスに各EP受容体の遺伝子のノックアウトマウスを交配し、複合変異マウスを作成。B、EP2をノックアウトすると、良性腫瘍が成長できなくなる(括弧)。 H&E染色。

図5:PGE2-EP2シグナル伝達経路による大腸良性腫瘍発生の促進。PGE2は、腫瘍上皮細胞周囲の間質細胞のEP2に結合してCOX-2をさらに誘導し、PGE2産生の一層の増加を促す。これによって血管や基底膜の新生が促され、良性腫瘍細胞の増殖が可能となる。この上皮ー間質相互作用が、大腸良性腫瘍形成において極めて重要な役割を果たす。
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